マティーニといえばカクテルの王様などという異名を持つ、おそらく世界的に見ても日本で見ても知名度だけなら上位にくるであろうカクテルです。
それが故に寿司屋の玉子よろしく「これを飲めばバーテンダーの腕が分かる」「ツウならマティーニを飲む」と思い込んでいる人が多いカクテルでもあります。
そんな名の知れたカクテルですが、じつのところマティーニは「作り手ではなく飲み手を試すカクテル」なのです。
本記事ではそうした奥深いマティーニの魅力に触れながら、マティーニの飲み方や頼み方のポイントについても詳しく解説していきます。
- 本当に味が分かる自信はある?マティーニは飲み方を問われるカクテル
- 本当に「マティーニ」を飲みたいの?
- マティーニの味や飲み方を理解するには経験値が必要
- バーでとりあえずマティーニを注文するのは大間違い!飲み方を知れ!
- いざという時のマティーニの頼み方
- 知っておきたいマティーニの飲み方
- バーでとりあえずマティーニは間違い!のまとめ
本当に味が分かる自信はある?マティーニは飲み方を問われるカクテル
マティーニはジンにベルモットという白ワインに香草などのフレーバーを移したお酒を混ぜて作られるジンベースのカクテルで、多くの場合はオリーブを添えて提供されます。
非常に古典的なカクテルで、材料が少ないシンプルなレシピゆえに作る人の個性や技量、もっと言えば思想がもろに反映されるカクテルだとも言われています。
あのスパイ小説/映画の金字塔007シリーズのボンドマティーニをはじめ、小説や映画でも頻繁に小道具として登場するためその界隈の人々から認識されているのも高い知名度の要因かもしれません。
マティーニスノッブ*1と呼ばれる人がいるほど、マティーニというカクテルは多様性を持った存在で、作り方やレシピ、グラスに至るまでいるほど。
このカクテルにまつわることだけで一冊の本が出来てしまうほど、語り始めたら止まらないカクテルなのです。
マティーニの起源に迫る朽木ゆり子氏の書籍はマティーニファン必読の一冊
いっぽうでマティーニはしばしばバーテンダーがお客さんの飲み手としての力量を計るカクテルにもなると思います。
それは有名でさまざまな逸話があるカクテルながらその味わいを楽しむのはとても難しく、飲むタイミングや添えられるオリーブの食べ方などとても飲み方に気を遣うカクテルだからです。
マティーニはノリで頼むカクテルではなく、本当に味を理解できる、理解したい人こそが頼むべき神聖な飲み物なのではないでしょうか?
本当に「マティーニ」を飲みたいの?
その昔、まだバーテンダーとして駆け出しの筆者が飲みに行ったバーでマティーニを注文したところ「本当によろしいんですか?」と聞かれたことがありました。
当時背伸びをしてバーへ通っていた自分の挙動を見て飲みなれていないと判断されたのかもしれません。
「とても強いカクテルで、人によっては飲みきれないこともあります。マティーニ自体は飲まれたことはありますか?」といった感じで質問されたのを覚えています。
それから10年ほどたった現在で何度もよそのお店でマティーニを頼んだことがありますが、そのような質問をされたのはあの一回限りでした。
きっと明らかにマティーニを"恰好"だけで飲もうとしていると見抜かれてしまったのでしょう。
確かにその時、筆者はまだマティーニがなんたるかを分かっておらず、小説や映画に出てくるイメージだけでマティーニを注文していたんです。
マティーニはものすごく強いカクテルです。ジンをおよそ2杯分、お酒とお酒を混ぜるカクテルですからアルコールも非常に強い。ウイスキーをダブルで飲むのとあまり変わりません。
バーテンダーとして初めて「現代の名工」を受賞した岸久氏の著書にもこうあります。
たとえば女性四人で来られて、マティーニ四杯となったとする。それを若い子が注文を取って僕に告げる。僕は待てよ、と思います。ほんとに皆さんがマティーニを好きなのかなと。
岸久「スタア・バーへ、ようこそ」(文藝春秋) P21より抜粋
マティーニはバーテンダーも注文を受けて気を遣うカクテルの代表なのです。
その理由はまず第一に美味しく作るのに非常に気を遣うことがあるそうですが、それ以上に注文したお客さんが本心からマティーニを飲みたいと思っているのかそれとも単に名前だけで注文したのかを見抜く必要があるから。
非常に強いカクテル、しかも口に合うかどうかも分からなければ次の一杯に繋がらないどころか、バーそのものを「こんなものか」と思わせてしまうリスクがあるということなんですね。
マティーニの味や飲み方を理解するには経験値が必要
そう考えると、マティーニは作り手の技量が試されるのはもちろんですが、じつは飲み手の技量も試されているといって過言ではありません。
まず出されたものを残さず食べる・飲むという飲食店の基本マナーに沿うのであれば、自分がマティーニを飲み切れるのか?ということを推測する必要があります。
自分のキャパシティと現在の飲酒量などを考慮し、マティーニを飲むのに十分な余裕があるのかどうか。これを判断するというのは、やはりある程度飲みなれていないと出来ないことだと思います。
今までマティーニ自体を飲んだことが無いから分からない・・・というのであれば、前述のとおりウイスキーダブルを飲むのと大体同じと考えてみてください。もしくは単純なアルコール量で考えればビール350ml缶2本程度ということになります。
さらに、マティーニを美味しいと思える感性が備わっているかという問題もあります。
マティーニはその大半がジンで作られるカクテルです。
こう言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、味としては「限りなくジンそのものに近いものになる」のです。
つまり、ジンそのものを楽しめない人にマティーニを楽しむことは難しいと言う事ができると思うのです。
マティーニにしても、筆者は正直はじめは誰のマティーニを飲んでもほとんど味の区別が付きませんでした。
何回も飲んでいるうちになんとなく個性が見えるようになってきて、最近ではマティーニを頼む店は決まってしまっています。自分の好みの味で作ってくれる人が分かってきたということなんですね。
そして自分自身がマティーニを作るときも、自分がおいしいと思ったお店のマティーニを参考にしてレシピや作り方を組み立てています。
こういう違いを楽しめるようになるのはプロであるという以前に何度も繰り返しマティーニを飲む経験したからこそ。
「映画や小説で見たから」とか「有名だから」とかいう理由でマティーニを飲んでも十中八九いきなり「美味しい」と思えることはないと思いますし、むしろその気難しさこそがマティーニの面白さなのではないかな、と思うのです。
お酒そのものがそうであるように、マティーニというカクテルもひとつの"嗜好品"であり、嗜好品を楽しむにはそれ相応の経験が必要になるのです。
バーでとりあえずマティーニを注文するのは大間違い!飲み方を知れ!
さて、ここまでみてきたことによってあるひとつの真理が見えてきます。
それは、バーに行って「とりあえず名前知ってるからマティーニ」を頼むのは大間違いだという事です。
じっさいに筆者もマティーニをノリで頼んで撃沈したり、後悔したりしている人も何人も見てきました。
もちろん、マティーニを飲むなということではありません。
これほどまでにさまざまな議論を醸すカクテルだからこそ、楽しめるようになればその魅力に憑りつかれてしまう人がいるのも頷けます。
ただ、筆者が思うにマティーニは単に「美味しい」を求めるだけのものではなく、飲むシチュエーションや雰囲気、カクテルを作って下さる方への信頼などさまざまな要素を加味して楽しむものであり、いきなりなんとなく頼むものではないのです。
もし、これからバーに行ってみようと思う人や小説や映画でマティーニという存在に興味を持った人はぜひまずは行きつけのバーを作りましょう。
そしてそこでマティーニを飲んでみたいと相談してみましょう。
相手は我々バーテンダー、つまり酒のプロです。
マティーニを楽しむためのプロセスを知り抜いています。だからこそ、その人にあわせてマティーニ道を示せると思うのです。
もちろんマティーニはとりあえず置いておいて、まずは自分の知らないお酒にチャレンジしても良いのです。
分からないことはバーテンダーに聞いてオーダーすればいいのです。
自分の知らないお酒に出会えるという事も酒場の楽しみではないでしょうか?
いざという時のマティーニの頼み方
マティーニをオーダーしてみよう
もし本当に興味がわいてマティーニを頼んでみたくなったら、ぜひ何も余計な事を言わずにシンプルに「マティーニをください」と注文してみてください。
マティーニにもいろいろなマティーニが存在しますが、もっとも基本となるのはジンとベルモットをステアして作るタイプのものです。
一般的に日本ではマティーニというとそうやって作られたカクテルを指しています。
しかしシンプルなレシピながら使うジンやベルモットとその配合、ステアの仕方、オリーブは中に入れるか別添えか、レモンピールはするのか、グラスはどれを使うのかによって全く異なる表情を見せてくれます。
ぜひそうしたところに注目して作っているところを観察してみましょう。マティーニの楽しみは作っているところにこそ詰まっています。
マティーニとドライマティーニの違い
たまに「ドライマティーニ」という言葉を強調して注文する方がいますが、これは僕らバーテンダーからすると必ずしも気分の良いものではありません。
ドライマティーニとは一般的なマティーニ比べてジンの量を増やしてベルモットを減らして作るマティーニの総称ですが、具体的にどの程度で作ったらドライマティーニと呼べるのかは正確には決まっていません。
マティーニというカクテルはバーテンダーにとっては非常に難問カクテルで、お店でカクテルを作っているようなプロレベルの人であれば必ず自分なりに極めたレシピを持っているはずです。
ですからまずはその人の考える理想のマティーニを提供してもらえるように「マティーニをください」とだけ言うのが礼儀のようなものではないでしょうか?
カクテルの作り方を細かく指示するのはレストランに入って料理を頼む時点で作り方に口をはさんでいるようなものなのです。
僕自身はよくわかってもいないのに「ドライマティーニ!」とドライを強調して頼んでくるような人は「わかってないなー」と思ってしまいます。正直な話。
知っておきたいマティーニの飲み方
マティーニはショートカクテルというタイプのカクテルに分類されます。ショートカクテルには飲む際のマナー的なものが存在します。
また、マティーニが他のカクテルと異なる点して挙げられるのがオリーブが添えられる点。
このオリーブはいつ食べるべきなのか?そもそもなんで添えられているのか?知っておくことでより楽しめるようになるハズですから、最後に少しだけマティーニの飲み方をまとめておきましょう。
マティーニは3口で飲む?
マティーニに限らずショートカクテルは出来立てが美味しく、そこから徐々に味わいが変わっていくと言われています。
人によっては3口で飲むのがマナーと言う人もいますが、基本的にお酒の弱い日本人にとってマティーニを3口で飲むのはリスキーです。
この「3口で飲む」というのは「せっかく作ってもらったカクテルを美味しい状態で飲むべき」と言い換えることもできます。つまり「出来立ての料理を美味しい内に食べよう」とか「淹れたてのコーヒーを冷めないうちに飲もう」というのと同じ原理です。
そう考えてみると、マティーニを必ずしも3口で飲む必要はありません。自分のペースで飲めばいいんです。
けれど、せっかく提供されたカクテルを写真撮影やおしゃべりに夢中になって放置するのは頂けません。
特にマティーニは冷たい方が美味しい傾向にありますし、当然時間が経つとお酒同士が分離がして飲めたものではなくなってしまいます。
そういう意味では自分の許容範囲内でなるべくスマートに飲みきるのが理想だといえるでしょう。
マティーニのオリーブは何のために入っている?
マティーニといえばピンに刺さったオリーブがグラスに入っているイメージも強いかもしれません。
このオリーブ、起源は諸説ありますが、基本的にはマティーニには付きもののガーニッシュ(飾り付け)です。
オリーブの油分が胃に膜を作ってアルコールの刺激を和らげるなんていうもっともらしい説明をされることもありますが、単純にオリーブとジンの相性が良いことに注目するべきでしょう。
確かに、オリーブを食べた後にマティーニを飲むとことのほか味わい深く感じることもあります。
一方で、最近ではあえてマティーニにオリーブを入れずに別に添えたり、オリーブ以外にマティーニに合うつまみを添える店舗を見かけたこともあり、必ずしもマティーニにオリーブが必要なのか?という意見もあるようです。これもまたマティーニの奥深さなのかもしれません。
マティーニのオリーブはいつ食べる?
では、オリーブが添えられたマティーニの場合、オリーブはいつ食べるのが正解なのでしょうか?意見はさまざまでしょうが、筆者的には飲んでいる途中におつまみのようにして食べるのが正解かなと思います。
まずはマティーニだけで味わい、続いてオリーブをかじってマティーニとのハーモニーを楽しみ、再びマティーニを口に含んで余韻を楽しむ事で1度に3回の変化を楽しめるというワケです。
オリーブを刺すのに利用するカクテルピン。自分自身でマティーニ作りに興じてみるのも面白いかもしれない。
バーでとりあえずマティーニは間違い!のまとめ
マティーニは非常に強烈で、玄人向けのカクテルです。
罰ゲームのような使われ方をしている場面にも遭遇したことがありますが、マティーニを頼めるようなお店は必然的に大人のお店でしょうから、そういう使い方はしたくないですね。
まずは謙虚な心持ちで、マティーニを楽しめるかどうか自問自答してからオーダーしてみてはどうでしょうか?
迷ったり不安に思ったら、正直にプロの方にぶつけて対応してもらいましょう。
きっと気持ちの良いお酒を提案してもらえるハズですよ。
*1:知識や教養をひけらかす人のことをスノッブと呼ぶ