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【ネタバレ有感想】映画「何者」はキャストのハマり具合だけでも面白い

先日、今さらながら映画「何者」を鑑賞しました。現代の就活をリアルに描いた作品として話題になっていた同作。ネット上での作品評価はさほど高くないようですが、普通に楽しめる良作でした。そもそもこれは就活映画なのだろうか?それと同時にいろいろと思う所も出てきたので、レビューのような考察のようなものを書き記して見ようと思います。

映画「何者」とはそもそもナニモノなのか?

「何者」は作家・朝井リョウ原作の同名小説を実写映画化した作品です。



朝井リョウは平成生まれの作家*1として初めて直木賞を受賞した名実ともに実力派の作家ですが、「何者」は何を隠そう、まさに直木賞受賞作品にあたります。


そんな作品が2016年10月15日に公開されたことは記憶にも新しいところ(本記事執筆時よりおよそ1年半前)。朝井リョウといえば2012年に公開された「桐島、部活やめるってよ」の原作者として世間一般の知名度も高まり、現代の若者のリアリティ溢れる姿を独創性のある視点から物語化する作家して注目を集めつつあります。



筆者も「桐島、部活やめるってよ」はリアルタイムで観ていました。話の細部は現代のさまざまなタイプの若者をありのままに描いているだけなのですが、そうしたある意味何の変哲もない登場人物たちが"桐島"という最後まで登場しない人物の部活引退の噂を契機に絡み合っていく話の骨格が面白くて、見終わった後になんだか妙な快感を覚えたことを今でも覚えています。


そこで公開されたこの「何者」。同じ朝井リョウ原作としては「桐島」ほどのインパクトは残せなかったようで、ネットでの評価も及ばない感じ。しかし、筆者的にはとてもよく出来た作品だと思ったので、少し感想を述べつつ思ったことを書いておこうかなと。


なお、「桐嶋、部活やめるってよ」については映画解説者である町山智浩さんが素晴らしい考察をされていることで有名なのでぜひ。Youtubeでも見れます。

www.youtube.com

誰もが登場人物の誰かに共感してしまう

「何者」には主要な登場人物が5人登場します。大人でも子供でもない最後の時期。就職活動へ突入していく彼ら彼女らがはじめ集まって和気藹々と就活情報を交換するシーンは身に覚えのある方も多いはず。そんな中で、まじめに就活に勤しむ5人を見下すように観察している岡田将生演じる隆良に自分を重ねる人も少なくないことでしょう。


そうしてスタートする5人の就活事情ですが、就活が進むにつれ5人それぞれの持つ葛藤や悩みが提示され、キャラクターが掘り下げられていくことになります。まずはざっと登場人物の特徴を挙げてみましょう。

「何者」の登場人物

二宮拓人(佐藤健)

主人公的な位置づけの拓人は頭の回転が早く周りの状況を客観的に分析できるタイプ。しかしそれが故に理想が高く頑固で真の意味では強調性にも欠けている(他人を見下すクセがある)ため就活はうまくいかない。SNSに依存して、いわゆる裏アカウントで知人の悪口を吐きまくるヤバイ一面を持っている。五人の中で唯一就活浪人中(作中ではクライマックスまでこの事実は明かされない。本作の最も衝撃的な事実でもある。)である。

神谷光太郎(菅田将暉)

おバカ丸出しなのに世渡り上手でなんとなく就活を一抜けしてしまう光太郎なんかは必ず周りに一人はいるタイプ。「なんでアイツが・・・」って周りから疎まれることもあるのでは?登場人物で最も毒がないキャラなのですが、毒がないことが災いして無意識に他人を傷つけてしまうタイプでもあります。

田名部瑞月(有村架純)

一見清楚で真面目な女の子キャラですが、実際はいわゆるメンヘラ的な側面も持っている瑞月。元彼である光太郎への思いを断ち切れないが、寄る辺が欲しいので拓人に重い身内話をして心配してもらうシーンも・・・。拓人が自分に気があるのがきっと分かっているのでしょうね。

小早川理香(二階堂ふみ)

見るからに意識高い系の理香は初登場シーンから観客に最も嫌われていたのではないかと想像させる意識の高さっぷり。しかし裏では努力が空回りする自分に嫌気がさしつつも、周りがどんどん勝ち進んでいくのが許せないヒステリックな一面も持っています。

宮本隆良(岡田将生)

就活に力を入れる友達を嘲笑って、自分自身はやりたいことをやりたいと語る隆良も周りに一人はいるタイプ。むしろフリーランスや起業志向が昔より強まっている昨今においては増加しているタイプとも言えるでしょう。敬遠されるタイプでありながら、隆良の思考にシンパシーを感じる人は少なくないはず。

誰かしらに感情移入してしまう

「何者」では、まず誰もが経験するであろう就活というテーマを使って視聴者に感情移入させています。就活に対するスタンスは大きく分ければ隆良とそれ以外の5人。つまり真面目に就活するのか、別の道を模索するのかというところ。例外なくどちらかに私たちは感情移入していきます。


しかし、物語が進んでいくと感情移入の矛先がより細分化していきます。登場人物ひとりひとりに葛藤があり悩みがあり、そしてこの負の部分が誰しもが持っているような普遍的な心情とリンクしているワケです。


これは本当に見ていて気分が悪くなる部分でもあります。なかには一人だけでなく二人、三人と登場人物の持つ闇にそれぞれ共感していってしまうことすらあるかもしれません。

キャストのハマり方を見ているだけで面白い

「何者」の映画としての完成度の高さはキャストに依存している部分も大きいのではないでしょうか?今をときめく若手俳優をキャスティングしている本作ですが、じっさいにこの俳優陣がリアルに就活をしていたらこのタイプなんじゃないかな・・・っていう役柄とのマッチング感がスゴイ。


もちろん人によっては異論もあるのでしょうけど、個人的には二階堂ふみはハマり過ぎてて初登場シーンから少し笑ってしまいました。菅田将暉なんかは実際には光太郎ほどチャランポランではないんでしょうけど、なぜか雰囲気がハマり過ぎてて逆にリアリティを失っている(わざとらしく)ように感じたくらい。


山田孝之演じるサワ先輩の役どころもまた絶妙で、確かに大学の先輩に「あんたそもそも何歳なのよ?」っていう人っていたよなーと。そういう人に限って達観したように振る舞っているわけですが、じっさい「将来大丈夫?」って周りから思われてたり。本作におけるサワ先輩の立ち位置ってまさしくそんな感じで、拓人や隆良の本質を見抜いたような発言をして、あたかも悟りのある人物のように描かれているんですが、じっさいどういう人なのかがよくわからない。そんなミステリアスでヤバばそうな雰囲気を醸す先輩役として山田孝之がハマり過ぎてるんですよね。

「何者」は就活を描いた作品ではない?

「何者」は表面的には現代の就活事情を皮肉って描いた作品のように見えるのですが、じつは"就活"はテーマとして扱われているだけで、じっさいは現代人の持つ内面を就活を通してえぐりだしている作品だと思います。


ストーリーだけ追っていれば「主人公で本作の視点でもある拓人がじつは就活浪人生だった」というところにオチがあるわけですが、それはあくまで物語的なオチであって「何者」の本質とは別の装飾的な意味しかないのです。


「桐島」に通じる部分ですが、朝井リョウの作品*2は現代人の持つ葛藤や悩みを"桐島という理想像"や"就活"といったテーマを通して浮き上がらせているわけです。


その点で、これらの作品には観客全員(特に登場人物に近い感覚を持っているであろう若い人たち)に訴えかけるものがあるわけですが、一方で"桐島"の持つ学生時代の、捉えようによっては甘酸っぱい、もしくは苦い思い出(あの頃は若かったよね的なもの)とは異なり、「何者」の訴えかけるものは社会人になっても根底では変わっていないことを意識させられます。


内心で他人を見下したり、自意識過剰であったり、他人に依存気味だったり、集団に馴染めなかったり・・・こういう人間性は社会人になっても簡単に変わるものではなくて、誰もが内に秘めながら折り合いをつけていると思いますが、自分の中にあるそんな大人になっても抱えていかなければならない"弱さ"に大人として直面させられる*3本作は、観客にとって見ていて決して気持ちのいいものではないでしょう。


"桐島"が受けいれられて「何者」が受け入れられないのは、そのような部分にも理由があるのではないでしょうか。

まとめ

考察ともなんともつかない内容になってしまいましたが、「何者」を鑑賞して感じた"気分の悪さ"に関しては自分なりに答えが出せたかな・・・。


この作品は観終わった後にスッキリできるタイプの作品ではないので、映画に気持ちの良さを求める人には向かないと思いますが、自分自身と向き合ってみたい・・・という人にはオススメしたい作品です。


自分がどの登場人物のどの部分に共感できるかで自己分析できてしまう面白さもあり、意外と意識していなかった自分を見つけるきっかけになるのかも。


結果的にどのような自分が浮き上がってきても否定したりせず、もがきながら付き合っていくしかないのでしょうね。そう考えると救いもない話なのですが、それでも受け入れていくことが大切なんじゃないかなと当たり障りの無いまとめとしておきましょう。


*1:1989年5月31日(平成元年)生れ

*2:筆者は原作は未読なので、あくまで朝井リョウ原作の映画作品と置き換えた方がいいかもしれませんが

*3:根本的には"桐島"の描いている高校生たちの内心もこのような"自分自身の在り方に"あると思うので、その点では一緒なんですが、高校生より社会人(世間一般の視点)に近い就活生が主人公になることで、より身近な問題として捉えられるというのがある気がしています